野呂邦暢小説集成



故郷・諫早に根差し、端正な筆致と瑞々しい感性により多くの傑作を世に送り出した作家、野呂邦暢。「草のつるぎ」で芥川賞を受賞し、ミステリーや歴史小説など幅広いジャンルの作品を生み出しながらも惜しくも早世した作家の、短篇から長篇まで、未単行本化作品も含めて集成いたします。

 

「昔、野呂邦暢という作家がいた。亡くなったのは1980年。42歳という若さだった。30年以上の時間が過ぎたことになる。もっとも世に知られているのは芥川賞を受賞した『草のつるぎ』だろう。他にも郷里・諫早を舞台にした佳品を数多く残した。

『野呂邦暢小説集成』第1巻は、初単行本化の短編2編を含む初期小説集である。中でも彼の第1作『壁の絵』は本当に素晴らしい。アメリカへの憧憬を、朝鮮戦争勃発時の日本で、屈折した感情のうちに書き留めた小説。朝鮮戦争をこんな形で小説にした例は、他に思い浮かばない。喧騒とは無縁の澄明な世界に入る。小説を読む喜びに浸る。小説の世界から出たくなくなる。」

                            陣野俊史(批評家) 

                                      *日本経済新聞2013年6月12日夕刊

                          

「心の内の濁りに眼を凝らし、聞こえない音に耳を傾け、それらを言葉の世界に映し出しつつ、文字の林間に響きわたらせる。これだけのことなら、年齢や経歴に関係なく物書きのだれもが通過するありふれた道筋だろう。しかしそのほの暗く湿った道の先にひろがる土地の匂いや高低差まで正確に把握し、澄んだ空気の流れを掴むことができる者は数えるほどしかいない。野呂邦暢はその希少な 才能に恵まれた書き手のひとりだった。」

                            堀江敏幸(小説家)

                                         *毎日新聞2013年8月18日朝刊


「諫早菖蒲日記」について

「語り手を一人に限定するのは、一点集中の語りであって、この技法はカメラのファインダーに似ている。一点の覗き穴が威力を発揮する一方で、見る世界が小さく限られる。……野呂邦暢はつねに試みの尺度をきびしく設定した。『初めての歴史小説』にとりわけはっきりと見てとれる。四百枚をこえる三部作が、みごとに一つの覗き穴の視点に合わされ、その遠近法でもって、きびしく構成されている。語られる人と語り手が、たえず相手を見つめ合い、それが一種緊迫した生理的リズムを生み出してくる。」

                   池内紀(ドイツ文学者、エッセイスト)

 

「昭和四十一年に待望の人事異動があり、『文學界』編集部の一員となった。前任者から渡された部厚い原稿の束―一枚目に暢達な大き目の字で『壁の絵 野呂邦暢』とあった。私はさっそく通読し、深い感銘をおぼえ、興奮した。この作家に芥川賞をとらせたい。題材のユニークさテーマの重さ、なにより文章が佳い。明皙でのびやかで、視覚的描写に巧みである。私は、一目惚れしてしまった。」

               豊田健次(編集者、『野呂邦暢小説集成』監修)

                                     *『それぞれの芥川賞 直木賞』抄出

 

各巻に未単行本化作品、書き下ろしエッセイ、解説を収録!


第一巻 棕櫚の葉を風にそよがせよ  

2013年5月刊行  2800円+税 520ページ

〜瑞々しい筆致による初期作品

「棕櫚の葉を風にそよがせよ」「或る男の故郷」「狙撃手」「白桃」 「歩哨」「ロバート」「竹の宇宙船」★「世界の終り」 「十一月」 「ハンター」★ 「壁の絵」

エッセイ : 青来有一

 

第二巻 日が沈むのを 

2013年9月刊行 3200円+税 596ページ

〜詩的感性の冴えわたる短篇群〜

「不意の客」「朝の光は......」「日常」「水晶」「赤い舟・黒い馬」★ 「日が沈むのを」「柳の冠」★ 「四時間」「鳥たちの河口」「海辺の広い庭」

エッセイ : 宮原昭夫

 

第三巻 草のつるぎ 

2014年4月刊行 3000円+税 600ページ

〜芥川賞受賞作を収録〜

「草のつるぎ」「砦の冬」「水辺の町 仔鼠」★「水辺の町 蝉」★ 「水辺の町 落石」★「水辺の町 蛇」★「水辺の町 再会」★「五色の髭」 「八月」「隣人」「恋人」「一滴の夏」

エッセイ : 堀江敏幸

 

第四巻 冬の皇帝 

2014年11月刊行 3300円+税 612ページ

〜自伝的表題作からミステリーまで〜

「飛ぶ少年」★「剃刀」★「冬の皇帝」「高く跳べ、パック」「穴」★「もうひとつの絵」 「鳩の首」「蟹」「失踪者」★「魔術師たち」★「回廊の夜」「敵」★「まさゆめ」★「朝の声」 「歯」「とらわれの冬」

エッセイ : 川本三郎

 

第五巻 諫早菖蒲日記・落城記

2015年5月刊行 3300円+税 608ページ

〜九州を舞台にした歴史小説〜

「諫早菖蒲日記」「花火」「落城記」「死人の首」★「筑前の白梅」★ 「不知火の梟雄」★「平壌の雪」★

エッセイ : 池内紀

 

第六巻 猟銃・愛についてのデッサン

2016年1月刊行 3300円+税 640ページ

〜古書に秘めた謎を解き明かすミステリーの代表作を収録〜

「ある殺人」★「伏す男」「ふたりの女」「縛られた男」★「部屋」「靴」「猟銃」「まぼろしの御嶽」★「ぼくではない」★「彼」★「赤い鼻緒」★「馬」★「ドアの向う側」★「運転日報」★「天使」★「愛についてのデッサン―佐古啓介の旅ー」

エッセイ : 福間健二

 

第七巻 水瓶座の少女

2016年5月刊行 3600円+税 648ページ

〜後期異色傑作群〜

「水瓶座の少女」「文彦のたたかい」「うらぎり」「真夜中の声」「弘之のトランペット」「 公園から帰る」「島にて」★「顔」★「飛ぶ男」★「水のほとり」★「ドライヴインにて」★「赤毛」★「神様の家」★「黒板」★「公園の少女」★「水の町の女」★「幼な友達」★「ホクロのある女」★「水の中の絵馬」★

エッセイ : 坪内祐三

 

第八巻 丘の火

2017年3月刊行 3600円+税 680ページ

〜戦場の真実を探る表題作、遺稿を含む晩年の傑作群〜

「藁と火」「青葉書房主人」★「廃園にて」★「足音」★「丘の火」

エッセイ:陣野俊史

 

第九巻 夜の船

2018年6月刊行 3600円+税 688ページ

〜原点となった散文詩、未発表作品〜

「地峡の町にて」「夜の船」「海と河口」★「夕暮れ」★「田原坂」★「解纜のとき」(未発表)★「名医」(未発表)★「丘の家」(未発表) ★

エッセイ:紀田順一郎

年譜/著作年譜/単行本書誌

 

(★は単行本未収録作品です。)

 

全巻解説:中野章子  

監修:豊田健次

書容設計:羽良多平吉

                                                        

<プロフィール>

野呂邦暢

1937年、9月20日、長崎市岩川町に生まれる。1945年、諫早市にある母の実家に疎開。8月9日、原爆が長崎市に投下され、原爆の閃光を諫早から目撃する。 長崎市立銭座小学校の同級生の多くが被爆により亡くなった。長崎県立諫早高等学校を卒業後、様々な職を経て、19歳で自衛隊に入隊。入隊の年、諫早大水害が発生。 翌年の除隊後、諫早に帰郷し、水害で変貌した故郷の町を歩いてまわり、散文や詩をしたためる。 1965年、「或る男の故郷」が第二十一回文學界新人賞佳作に入選。芥川賞候補作に「壁の絵」「白桃」「海辺の広い庭」「鳥たちの河口」が挙がったのち、1974年、自衛隊体験を描いた「草のつるぎ」で受賞。『十一月 水晶』(冬樹社)、『海辺の広い庭』『一滴の夏』『諫早菖蒲日記』『落城記』(文藝春秋)など著作多数。 1980年、急逝。享年42。

 

全巻解説:中野章子

1946年、長崎市生まれ。エッセイスト。著書に『彷徨と回帰 野呂邦暢の文学世界』(西日本新聞社)、共著に『男たちの天地』『女たちの日月』(樹花舎)、共編に『野呂邦暢・長谷川修 往復書簡集』(葦書房)など。

 

監修:豊田健次

1936年、東京生まれ。一九五九年早稲田大学文学部卒業、文藝春秋入社。「文學界・別冊文藝春秋」編集長、「オール讀物」編集長、「文春文庫」部長、出版局長、取締役・出版総局長を歴任。デビュー作から編集者として野呂邦暢を支え続けた。著書に『それぞれの芥川賞 直木賞』(文藝春秋)『文士のたたずまい』(ランダムハウス講談社)。

 

 

 

 

陣野俊史氏のコメントは、「目利きが選ぶ今週の3冊 棕櫚の葉を風にそよがせよ」(日本経済新聞夕刊2013年6月12日)より抄出 
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